安心して声をあげられる場所-『パパ、ママをぶたないで!』と『トークバック』を観て
『パパ、ママをぶたないで!』はノルウェーのアニータ・キリという女性監督による、実話をもとにしたの短編アニメーション映画です。所詮外から見た人間が良しとする結末になるのではないかと疑いながら観たものの、子どもの表情や登場人物の言葉、アニメーションの色使いなど細部にDVの問題が凝縮されており、専門書を何冊か読んでさえも当事者以外にはきっと理解しにくいだろうDVの本質が20分ほどのこの短い映画で、もしかしたら少し伝わるかもしれないと思える作品でした。
私は母という立場でDVを経験していながら、この映画の中で感情移入したのは子どもであるボイです。「子どもにとって一番信頼できる存在であるはずのお母さんがお父さんの問題についてさほど力になってくれない」という絶望感は「本来一番信頼できる存在であるはずのパートナー(夫)が自分を一番傷つけている存在である」という絶望感と通じます。近所のおばあさんに「大丈夫?」と聞かれて「…うん」と答えるしかないボイにもDV被害者ならきっと自分の姿を重ねるはずです。実の両親や親せき、親しい人に程心配をかけたくないし、どこかDV被害者であることを隠さなければならないような気がしてしまうからです。「外からは何も見えないよ」というボイの台詞を、私自身も何度も心の中でつぶやいてきました。
暴力を振るう父親のいる子どもたちの訴えた事実に耳を傾け、その勇気ある行為を褒め、さらには父親の暴力の責任が彼らにはないことを諭したノルウェー国王ハラルド五世(在位1991年~)という王様、どんな王様なのか思わず調べてしまいました。自分の住む国の王様が、安心して自分の困っていることを訴えられる、信頼できる人物であるなんておとぎ話の中でも珍しいくらい夢のような話です。
「勇気を出して言葉にすること、声にすること」の大切さをメッセージとして投げかけた映画は最近もうひとつ見ました。
坂上香監督『トークバック』、アメリカの元受刑者やHIV陽性患者による劇団「メデア」を8年にわたり追ったドキュメンタリー映画です。自分のことを恥じたり隠したりせずに、演劇という表現活動の中で各人が自らを語る姿に私は何度も涙を流しました。自分のことを語るということは、自分を客観視することが出来るということでもあります。自分を偽らずに受け止めるということは、受刑者に限らずすべての人にとって意外と難しいことだと思います。それは開き直りとは違い勇気ある作業です。
この映画は観終わった後に、一緒に観た人とも感想を共有しました。もちろん皆と共有できたのは声をあげることの大切さです。『パパ、ママをぶたないで!』に登場する幼い子どもボイでさえ勇気を出して声をあげています。でも、もし王様が声を受け止めることの出来ない人物だったら、主人公である子どもボイはもう二度と誰にも心を開こうとしなかったかもしれません。誰をも信じないようになったかもしれません。
声をあげることは大切です。でも二次被害が起こらないような土壌、安心して声をあげられる場所をつくることも同時に必要であることをこの二つの映画を通して改めて感じました。
パパ、ママをぶたないで | pandora films