Ally Bally Bee

夫のDV・モラルハラスメントから逃れて娘と二人暮らし。全ての人が生きやすい社会になることを願いつつ、今ひとり親 として出来ることをあらゆる角度から考えていきます。

ウィリアム・ベヴァリッジ

ウィリアム・ベヴァリッジ(1879-1963)は判事の父と慈善事業家の母の間、インドに生まれたイギリスの経済学者である。1903年、セツルメント運動の拠点となっていたトインビー・ホールの副館長に就任し、失業の現代的特質(景気循環に順応するための不規則な雇用体制)を見抜いた彼は、解決方法を社会問題の是正と捉えた。1909年、『失業ー産業の問題』を著し、国家による職業紹介所の設立や失業保険を提唱する。その後1942年、『ベヴァリッジ報告』により、それまで自発的な互助組織が部分的に担ってきた機能を、社会保障として全国民が権利として享受できる制度へ変換する考え、すなわち国民最低限保障(ナショナル・ミニマム)の考え方を示した。『ベヴァリッジ報告』は、イギリス国民に熱狂的に受け入れられ、1944年には自身も自由党議員となり、社会改革の実施を主張。1948年までに、福祉の立法措置が次々と完成し、イギリスは、「ゆりかごから墓場まで」といわれる福祉国家への道を歩むことになる。

福祉国家の創設者として知られるが、ジャーナリスト、官僚、学長、政治家、平和活動家と様々な顔を持った彼の臨終の言葉は、”I have a thousand thing to do”であった。

ベヴァレッジ報告の概要

  • イギリス社会が克服すべき課題を①窮乏②疾病③無知④不潔⑤怠惰の5大悪とし、特に窮乏の克服が社会保障の目的であると定めた。
  • 社会保障制度が機能するための前提として、児童手当、包括的な国民保険医療制度、雇用の維持をあげた。
  • 社会保険、国家扶助、任意保険の三つで社会保障を実現するとした。
  • 均一額の保険料拠出による均一額の最低生活費給付を行うとした。
ベヴァリッジ報告: 社会保険および関連サービス

ベヴァリッジ報告: 社会保険および関連サービス

 

 

福祉国家の父 ベヴァリッジ―その生涯と社会福祉政策

福祉国家の父 ベヴァリッジ―その生涯と社会福祉政策