Ally Bally Bee

夫のDV・モラルハラスメントから逃れて娘と二人暮らし。シングルママもパパも生きやすい日本になる日を願いつつ、今シングルママ として出来ることをあらゆる角度から考えていきます。

過去と現在の自分に向き合う

トラウマについて、少し勉強しています。


過去のトラウマ体験が現在の自分に悪夢やフラッシュバックのような形でもたらしている影響を整理し理解すると、トラウマ記憶に直面した時、うまく取り扱うことができるようです。


トラウマ記憶を引き出すもの、私の場合は元夫の外観、行動、場所、音楽など、元夫と共有し、自分がもともと好きだった事を含め、すごく多くの事物がトラウマ体験を思い出す引き金になっています。私はまず、その中でも身体反応として大きく影響が出るものを具体的に考えてみました。


元夫を知る親族から出る元夫に対する憎しみに満ちた言葉の中にも引き金となるものが多くありました。その度に私は過敏になり、心拍数が増え、恐怖を覚え、それを発した親族を恨みました。


そのように動揺してしまう自分のことを後から情けないと思うことも度々ありました。


でも、過敏になることは正常な反応なのだということをまずは自分自身が理解することが必要です。自分を責めるべきではないのです。

周囲の理解も得られたらなお良いですね。


そして、そのような症状が出た時、自分なりに落ち着ける方法を考えておき実践することが有効のようです。


好きな場所に行ってみる、好きなことをしてみる。具体的にはリラックス出来るアロマを炊く、身体を動かしてみる、など。


元夫と離婚が成立して3年目、少しずつ過去の自分と現在の自分に向き合っていける気がしています。

母子家庭の子供部屋

娘は年中。親としてはそろそろ小学校生活を意識しています。

今の家の間取り、2Kなのですが、リビングがないので、一部屋を食事などを食べるリビングとして、一部屋を2人の寝室として使っています。

子供部屋を設けようと思うと、2LDKか3K以上の物件を借りなければなりません。そうなると、家賃はプラス2万以上はアップになります。

となると、最低でも年間24万、小学校6年間で144万アップ。月給が2万アップするなら話は早いのですが、私、今の安定した仕事が今後も続けられるかかなり怪しくなっているので、出来るだけ出費は抑えたいところです。


私自身は小学校に上がるとき、家が新築され、当然のように子供部屋を持ち、そこに友達を呼んで遊んでいました。

子どもの頃の自分と比較すると、子どもに子供部屋がないことを不憫に思ってしまいます。

今の間取りだと、学習机の置き場すらありません。という話を母子会の仲間にすると、リビング学習のための仕切りなどが販売されているとのこと。素敵な情報です。


子供部屋を作らないにしてもリビングルーム付きの部屋に引っ越すべきかとは思っているのですが、子供部屋って、みなさんどうされていますか?


母子会

母子会のお友達の輪が少しずつ広がってきました。
でも、私の住んでいる地域の人口の割には、母子会の人数かなり少ないな、と思っています。
なぜひとり親の多くは母子会に入ろうとしないのか、素朴な疑問です。
私自身は、知らない人が集まるイベント、基本好きではないのですが、母子会は別枠という感じで積極的に参加しています。

母子会に入ると、
同じ悩みを分かち合える
情報交換できる
一人っ子の子どもにも異年齢の友達ができる
など、良いことばかりです。

これは、海外において日本人会に所属するようなイメージなのでしょうか。そもそも、地域でうまくやれていたら所属しなくてもいいや、という気になるものなのでしょうか。 

私が、母子会の存在を意識したのは藁にもすがる思いのときでした。母子会に所属しようと思わない人はそれほど切羽詰まっていないのかな、とも思います。

情報には溢れている時代、母子会の存在は母子家庭ともなればどこかで目にするはず。

母子会に入っていない母子のかた、もし良かったら必要としない理由を聞かせてください。

孤独にグルメ

時間がなく昼も食べずに仕事をしていたら、出張先からの帰路約2時間(きっと立つことになる)体力が持たなそうだったので、夕食を食べて帰ることに決めました。

せっかく金曜の夜なので美味しいものを食べたいと思い、前から気になっていた郷土料理を置いている居酒屋に入りました。

1人で居酒屋に入るのって8年ぶりくらい。さすがに、帰りの道のりを思うとアルコールは我慢しましたが。 

1人で居酒屋、結構楽しかったです。

1人で居酒屋に入ってくる女性も他に何人かいたこともあり、今後も1人で居酒屋いける気がしました。

何だか、パワーアップ出来た気分です。


虫退治の役目

母にしばらく泊まりにきてもらっており、色々助けてはもらっているので文句は言えないのだけど、今日残業中に電話がかかってきたので何かと思ったら、部屋に大きな飛ぶ虫がいるので、退治してほしいという電話だった。母に扉を開けておくなどしてなんとか追い出して欲しいと依頼したが、虫は苦手で絶対無理との返事。

私も虫は嫌いだけれど、子と2人きりの生活で何でも自分がするしかない。自分でも心が狭いとは思うけれど、男性に依存できてきた人には、こういうことがよくあるんだよなぁ、と少し同性嫌悪に陥った。

夕飯も食べずに残業した後、帰りの電車でこれを書いているけれど、24時過ぎに家に到着し、そんな仕事が待ち受けていると思うと、憂鬱だ。

ひとり親になったことで、お父さんの苦悩も少しは味わえているのかな、と思う。

保育園行事に行けなかったこと

転職して、なかなか有休も取りにくくなり、日々子どもと接する時間がないばかりか、たまの保育園の行事にすら参加できないことになりました。

前回の保育参加に出席したときは保護者が来れなかった子どもが一人だけ。皆が、パパやママと作業したりふれあい遊びをする中、先生とペアになってはいるけれど淋しいだろうなぁ、と可哀想に思っていたのですが、今度は我が子がその試練に耐えるのか、となると日々の負い目もあり、気が気ではなくなりました。

ほかの保育サービスを、使ってでもお休みさせたいくらいの気持ちになったりもしました。

「ごめんね、ママ、今度の保育園の行事に行けないんだ」と子どもに伝えると、「えーっ、来て欲しかった」と子ども。

そのあとに、でも「お母さん来れない子は先生と遊べるからいいよ」と言ってくれたのです。

淋しい気持ちも少しずつ経験して、それを乗り越えていく術も身につけていってくれたらなぁ、と思うと同時に参加できなかった分、たっぷりフォローできればいいな、と思いました。

漫画を読んで泣いた

漫画を読んで泣いたのは久しぶりだ。

この人はどうしてこんなにまでわかるんだろう、と村上たかしの漫画『ぱじ』を読んで思った。

両親を亡くした4歳の女の子を養育するおじいちゃんと孫の物語。自分が死んだらこの子はどうなってしまうのだろうという思いや、マジョリティの家族の姿に繊細に反応してしまうあたり、ここに描かれたおじいちゃんの気持ちは、私自身が日々味わっている気持ちだ。

村上たかしさんをよく知らなかったので、もしやと思い調べてみたけれど、彼はひとり親ではなく、幸せな家庭を築いておられる方のようだ。経験していなくても、想像力を持つ人には『ぱじ』に描かれているようなことはわかってもらえるのだなぁ、と少し驚いた。

二分の一成人式を肯定する人と話した日だっただけに、マジョリティの想像力に限界を感じていたけれど、まだまだ希望は捨てずにおきたい。

亀を飼おうかな、と思った。

ぱじ (愛蔵版コミックス)

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