Ally Bally Bee

夫のDV・モラルハラスメントから逃れて娘と二人暮らし。全ての人が生きやすい社会になることを願いつつ、今ひとり親 として出来ることをあらゆる角度から考えていきます。

掃除のための読書

ダメをみがく―“女子”の呪いを解く方法

ダメをみがく―“女子”の呪いを解く方法

年末なので、少しずつ身辺の整理をしている。

家の中で、何が場所をとっているかというと、衣類と本だ。これがなければ、本当にスッキリした家になることだろう。

衣類の整理は簡単に出来るようになってきた。娘が小さい頃は、もしかしたらもう1人子どもを育てることになるかもと、状態の良い服を保存しがちだったけれど、それはもう止めたので、どんどん捨てている。デザインが気に入っていて捨てがたい服のみ、残すことにしている。母も、そのように私の服を残してくれていたので、今、娘は私の小さい頃の服も着ている。娘が子どもを持つかわからないけれど、孫が着ることになるかもしれない。孫ができなくても、眺めるだけで楽しい気分になれる服のみ残している。

問題は本だ。私はどんなにつまらない本でも、本当にいらない情報か目を通さなければ処分できない。ものを片付けるために本を読んでいるから、年中すっきり片付かないし、時間がかかる。それで、本を読むことにより、その本の中で紹介されていた本や人物や事柄に興味を持ち、新たな本を購入することを繰り返している。ある程度本をまとめて売りに行った先でさらに本を購入するのでなかなか減らない。

でも、電子書籍を読む気にはならない。紙の本が好きなので。

今朝は、津村記久子深澤真紀著『ダメをみがく』。単行本で読んだ。面白かったので、また読むかもしれない。となると、せっかく読了したので単行本は売ってサイズの小さい文庫版を購入しておこうかな、など考えた。ダメな感じがする考えだな、と思った

テレビと災害と仕事

20年ほどテレビの無い生活を続けている。テレビが嫌な理由は、テレビがあったら見てしまうので他のことをする時間がなくなるから。テレビがあったら見たい番組がありすぎて、録画しても追いつかず追い詰められているような気になるだろうから。
というわけで、テレビの魅力を認めていないわけではない。
テレビの映像として見ることで現実感が無くなってしまうこと、テレビを見ないほうが、マスメディアの意図的な操作の影響を、受けずに済むことはあると思うけれど、テレビを見ないデメリットもあるのだろうな、と思っている。
ニュースは、主にネットで見ており、職場で、余裕のある時は新聞にも目を通す。これらは、能動的なことだけれど、テレビは、人を受動的にする媒体なので、テレビを見ることにより、自分が積極的に知りたいとは思っていない情報を得ることでき、刺激を受け、視野が広がることもあると思っている。
東日本大震災の時も私はテレビを見ていなかったが、先日の台風19号の際は、たまたまTVのある場所にいて、ニュースを見ていた。同じ映像が繰り返し流されていた。その中で自分がさらに知りたくなった情報はTVにら出てこなかったのでネットで調べた。
台風19号の時は、川越市で孤立した特別養護老人ホームが気になった。ご利用者のこともあるけど、それ以上に、そこで働く職員はどんな思いでいるのだろう、と、職員の気持ちを考えていた。
暴風雨の中、歩いている人や車に乗っている人の映像が映ると、仕事で移動せざるを得ない状況なのかな、と思い、もしそうなら雇用主は従業員の安全配慮義務を怠っていると、勝手に想像し、腹を立てていた。
災害時に、仕事に就いていなければ助かっただろう殉職した人もいるし、災害時に仕事として動いてくれた人がいるおかげで助かった人もいる。
仕事をとらず、自分の命を守ろうとした人、自分の命を顧みず他者を助けようとした人、どちらが良いとか悪いとかではなく、どちらも命を守る行動という意味で正しいと思う。
仕事だからとか関係なく、今、目の前にいる人が困っていたら助けたい。自分の家族もそうやって助けてもらえるという社会に対する信頼感を持てたら良いな、と思う。
残念だったのは、避難してきたホームレスの受け入れを拒否した自治体があったこと。仕事として、住所が無いとホームレスを受け入れることが出来ないと判断した公務員がいるということだった。こうなると、社会に対する不信感が募ってしまう。
仕事から離れ一個人としてだったらとっていたであろう、とりたい行動と、勤務中だからとらなければならなかった行動と、ギャップのある人はいると思う。
思えば、私の前職は、仕事としてしなければならないことと、個人としてしたいことのギャップが大きかったのが1番大きなストレスだったような気がする。

拾い物レベルUP

アメリカ生まれの日本語詩人、アーサー・ビナード著「日々の非常口」を読み、拾い物が多いことについてのエッセイを読みながら、気付いたことがある。
私は、拾い物のレベルを上げている。私のまわりには拾い物が上手な人が数人いる。良いものを拾う能力に長けている人がいるのだ。当時の私は、拾い物の能力がなく、拾い物が得意な人を心から尊敬し、かっこいいと思っていた。
そんな私はここ最近、街に出ていて、良いものをゲットすることが続いている。拾い物に憧れていた20年ほど前は、一年に一度も拾えなかったのに、このひと月で、3度も拾い物をした。要は、街歩きの際に、キョロキョロ色々なものをみているかみていないか、ということなのだと思う。
人は、自分にとって興味のあるもの、親しみのあるものを中心に街の中で注目しがちだと思う。車が好きなら、車をみると思うけれど、私は車について詳しくないし、ほとんど注目していない。猫好きなら、猫を見つける確率も増えると思う。美人が好きなら美人、、、。
拾い物に関しては、まず、拾い物が存在するという前提からはじまり、それらは立派に中古品として活かすことが可能なお宝なのだという意識を持つことが前提で、そうでなければ、ゴミとしか映らないのだろうと思う。

日々の非常口 (新潮文庫)

日々の非常口 (新潮文庫)

大野氏の夢

 

困ってるひと

困ってるひと

 

 

2011年3月、東日本大震災があり、まもなく妊娠し、元夫との関係がどんどんこじれていき、私はDVのこと、離婚のこと、裁判のこと、これから生きていく術について考えるだけで精一杯だった。

巷で何がベストセラーになっていたのかも知らなかったけれど、図書館通いをする中で、2012年あたりにベストセラーになっていた難病当事者、大野更紗著『困っている人』を知った。イラストは、好きで著作をほとんど読んでいる能町みね子だった。

昨夜、大野氏の本を読みながら、電気をつけたまま床で寝てしまい、深夜に目覚めてまた読みながら寝たら大野氏が夢に出てきた。車椅子のようなベットのようなものにナウシカのように優雅に乗り、人形劇に出てきそうなガラガラドンのような動物2匹を連れて天から私のもとにものすごい勢いでかけてきてぶつかった。

次のシーンでは、大野氏の部屋のようなところに私がいて、『こういうの好きでしょ?』とピンクフロイドみたいな曲をかけてくれ、ちょっとサイケでオシャレな部屋で大野氏が明るくおしゃべりしてくれるような夢だった。

ここまで、下書きにしていた記事なのですが、そんな夢を見るくらいインパクトのある大野氏の本を読んで以来、元気にされているのかな、と、たまに気になって近況を調べています。

今も調べていたのですが、読んだ記事の中に大野氏が、「若くして重病を抱えることは大変なこと。でも、発症しなかった自分より、いまの自分の方が好きというときがあります。」と言及しているものがありました。大野氏は、「毎日毎日、いままでこんなことを知らずに生きてきたのか、ということが増えています。自分が当事者になり、難病の人に会うなかで、これまでぼやーんとしていたことが、はっきりすることがあります」と、病気でよかったことについて述べていました。

私も、DVを体験したり、ひとり親になったりしたけれど、それを知らなかった過去の私より、今の私の方が好きだな、と思っています。

しかし、こんな夢を見たことなんてすっかり忘れていました。たまっている下書き記事を読むと、自分が考えてたり書いていたことなんてすっかり忘れているので、新鮮で面白いです。年末に向けて、下書き記事も整理し、減らしておこうと思います。

 

 

人間観察の技法

ルドルフ・シュタイナーは、子どもの気質を重視する教育のあり方をいちはやく提言した人です。気質をもとに、一人ひとりの子どもの個性を見抜き、教育に生かすという考えを持っていました。

気質は大きく「胆汁質」「粘液質」「多血質」「憂鬱質」の四つに分けられますが、どの人も四つの気質を併せ持っています。

占いのように血液型や星座で性格や運命を決めつけるものではないということです。気質を深く知ることによって自分自身のことやまわりの人の個性を知り、その個性とどのように付き合うか考える手がかりと出来るのです。

ある人とその気質は、その人の気質を馬に、人を馬にのっている騎士になぞらえるとわかりやすく、騎士が馬の手綱をしっかり握り、思い通りに走らせることができれば、その人は自分の気質をコントロールできているといえます。それぞれの気質は、大人より子どものほうがストレートに現れるので、その子の気質を注意深く観察し、気質に合わせた対応をすると、子どもも個性を十分活かすことが出来るのです。

この気質という人間の見方は、ギリシャ時代に見出されました。古代ギリシャヒポクラテスという医師が、気質が違えば患者に現れる症状も違うことを発見したのです。彼は気質をTEMPERAMENT「混合」と名付けました。

ヒポクラテスが活躍する30年前には、医師であり哲学者でもあったエンペドクレスが四元素論を唱えています。四元素とは、火、風、水、地のことで、ヒポクラテスは四つの元素の存在を気質と結びつけました。火の要素を持つのが「胆汁質」、風の要素を持つ「多血質」、水の要素を持つ「粘液質」、地の要素を持つ「憂鬱質」です。

時を経た、18世紀、ドイツの二人の詩人、ゲーテとシラーが四つの気質と、それらの気質が混じった混合気質の特徴を話し合い、それぞれの気質にぴったりの12の職業を見つけ出します。例えば、行動力がある「胆汁質」と好奇心旺盛な「多血質」が加わった気質に適した職業は「冒険家」となります。

子どもの気質に効果的な影響を与える色もあります。「胆汁質」は赤、「多血質」は黄色、「粘液質」は緑、「憂鬱質」は青です。

穀物も気質と深いかかわりがあるようです。「粘液質」にはコメ、「多血質」にはキビ、「憂鬱質」にはとうもろこし、「胆汁質」には蕎麦。「同じものが同じものに作用する」という考え方があてはめられます。

と、この辺りの話になってくると、なんだか眉唾な感じがし、科学的な根拠を求めたくなってもきますが、ともかく、気質の考え方は、子育てにも仕事にも、あらゆる人付き合いの場において、スムーズなコミュニケーションを目指すことのできる人間観察の技法です。

ヘルムート・エラー著「4つの気質と個性のしくみ」は、図書館で借りた本ですが、手元において、何度か読みたいと思える本でした。

 

4つの気質と個性のしくみ シュタイナーの人間観

4つの気質と個性のしくみ シュタイナーの人間観

 

 

まつぼっくりツリー

まつぼっくりを集めておくとクリスマスに色々使える。

私が引っ越す前に住んでいた家にはクリスマスツリーがなかった。保管スペースの余裕もなかった。

でも、娘と作った小さなまつぼっくりツリーは、十分雰囲気があり、クリスマスツリーを購入する必要はないと思った。今は贈り物としてもらった電飾付きのクリスマスツリーがあるけれど、まつぼっくりツリーもまた作りたい。

娘が1歳の時から5歳まで、4年間過ごした前の家には、出来るだけ季節を感じさせる飾りをしていた。画用紙などで手作りしたものが多かった。それは、2人だけの少し淋しい暮らしに彩りを添えてくれ、娘と一緒に作るという作業も楽しかった。

マッチ売りの少女ではないが、画用紙で作ったものを壁に貼ると、それが実際存在するかのように思えた。ハロウィンのジャックオランタンや、お正月の門松やら、色々作って飾った。お米を端切れに詰めたお人形なども作った。

お金をかけない質素な暮らしの中でも、手作りの飾りがあると、それを子どもと作ることができる時間を持てたということの方が、買ったものを飾るより贅沢に感じられた。

●まつぼっくりツリーの作り方

1.拾った大き目のまつぼっくりに色とりどりのカラー粘土を小さく丸めてバランスよく詰める。

以上

※カラー粘土は100均にあります。紙粘土に絵具で色をつけても。

娘の友達が家に遊びに来る

これまでの来客は、すべて私の友達でした。子どものお客様もいたにはいたけれど、はじめに親同士が仲良くなり、子供同士も仲良くなって、家に行ったり来たりするパターンです。

今回は、はじめて、娘が学校でお友達と企画し、娘と娘の友達が、それぞれの親に許可を得て実現した娘主体のイベントでした。

ひとり親となって、娘にさせたくても、させてあげられないことが多いのですが、私の場合、基準は、ほかのお友達より自分の幼い頃のような気がしています。

私が小学生の頃、自宅は、お友達が遊びに来る家でした。誕生パーティーに皆を招待して、たくさんプレゼントをお友達からもらったりもしました。ちびまる子ちゃんを見ていても、やはり誕生パーティーに友達を招待するというものがあったように思います。

私も色んな友達の家に遊びに行きました。友達の家というのは、子どもの心に鮮明に残るものなのか、私は一度きりしか遊びに行ったことのない子の家まで、しっかり記憶しています。

日本を出たことのなかった人が海外に行くように、子どもにとってお友達の家というのは、本当に異文化の大冒険なのだろうと思います。