Ally Bally Bee

夫のDV・モラルハラスメントから逃れて娘と二人暮らし。全ての人が生きやすい社会になることを願いつつ、今ひとり親 として出来ることをあらゆる角度から考えていきます。

文明の程度は、それが弱い人、頼るところのない人をどのように尊重しているかによって測られるのです。(パール・バック)

母よ嘆くなかれ 〈新訳版〉

母よ嘆くなかれ 〈新訳版〉

パール・バックの娘キャロラインは、先天性の新陳代謝障害、フェニールケトン尿症で、知能の発育が困難な子だったという。

パール・バック『母よ、嘆くなかれ』を読んだ。この本のもとになった原稿は、1950年に雑誌で発表されており、当時、障害児を子に持つということがどのようなことだったのかよくわかる貴重な資料だ。

私は、高校生の頃『大地』を読んで感銘を受けたものの、彼女の他の著作を読んだことが無かった。母になった今、おそらく母になったからこそ、この本のタイトルをみて読んでみたくなった。

パール・バックという人物についてもよく知らなかったが、面白いことが次々にわかった。

彼女は、アメリカ軍人が駐留先の世界各地に捨て去った混血児たちを養子として引き取り、ノーベル賞で得たお金をはじめ、原稿料や印税のほとんどをつぎこんで「ウェルカム・ハウス」を開設・運営していたようだ。常時30人前後の「里親」として養育に励んでいたという。

また、文筆活動をする自分を快く思っていなかった夫とは1934年(42歳の時)に離婚している。

なんだか今の私の関心事(児童福祉・障害福祉ジェンダー)にぴったりで、20年以上の時を経てパール・バックと再会できたことを嬉しく思う。

知能の発育が困難な子どもの、全人口における割合は決して大きいとはいえませんが、数はわずかでも、そういう子どもが生まれたところではどこでも、なんらかの問題を必ず引き起こします。まったく自分の責任でないのに、知能の発育が困難な子どもがいるだけで、家庭は不幸に陥り、親は気が動転し、また学校では教室が混乱状態になってしまいます。そして親が死亡したり、あるいは世話することができなくなるとか、先生方がさじを投げるということになれば、こうした子どもたちは、救う者もなく、巷をさまよい歩き、そして行く先々で乱暴をはたらくようになるのです。さらにまたこうした子どもたちは、ずる賢い者たちの道具として利用され、救いがたい年少犯罪者となり、そしてついには本格的な犯罪への道へ堕ちてしまうことになります。この子どもたちは、自分がどうしたらいいのかわからないので、こうなってしまうのです。ですから、この子どもたちの非行はすべて無邪気な動機から生まれて来るのです。数多い神の子どもたちのうち、この子ら以上に無邪気なものはいないのですから。(パールバック著『母よ嘆くなかれ』)