Ally Bally Bee

夫のDV・モラルハラスメントから逃れて娘と二人暮らし。全ての人が生きやすい社会になることを願いつつ、今ひとり親 として出来ることをあらゆる角度から考えていきます。

各々の警戒レベル

新型コロナウィルスに対する警戒レベルは人それぞれだ。

マスクをして歩く人はさすがに多くなっているけれど、職場やスーパーで人を観察する中で、家族や友人と電話で話す中で、人の警戒レベルには個人差があり、家族単位ですら各々本当に違うと実感している。

緊急事態宣言が出る前は特に、新型コロナウィルスをあまり気にしない人との感覚のギャップで、私自身も相当なストレスを溜めていた。友達の遊びの誘いや職場の不要不急な集まりを避ける口実に頭を悩ませていた。

友人同士でも、こういう感覚の違いをはっきり口にすると溝が生まれかねないと思っている。思想や支持政党、信仰について話すくらいデリケートな問題かな、と思う。

福祉の仕事をしていると、ご利用者のご家族の感覚の違いもはっきり出てくるので、とても気を遣う。このような時は気にする人に合わせておく方がややこしいことになりにくい。

私自身、学童保育を利用する子どもの保護者という立場だ。学童はマスクを推奨しているものの、実際はマスクをつけていない子どもも多い。子どもがマスクを着け続けることは大変と思うし、マスクが入手できない人もいるかもしれないと思うと、そこは仕方ないと思う。キャッチボールが禁止になったり、これまで借りることができていた色鉛筆の貸し出しがなくなったことを聞くと、少し子どもが可哀想な気になったり、そこまで徹底しているのか、と思ったりする。子ども同士の密な接触を避けさせるのはほとんど不可能と、ある程度の諦めや覚悟を持った上で学童に預けているけれど、おやつ前の手洗いうがいなどはしっかりさせて欲しいと思う。その程度の考えの持ち主だ。

本当に気にする人は、緊急事態宣言が出ている中で、私のように親が通常通り出勤しており、学童に通っている子ども自体を保菌者とみなし、接触させたくないと思うかもしれない。学童の先生も、学童に通う子どもの親も、電車なりバスなり、公共の交通機関を使っているかもしれない。リスクがどれだけ高いか、実際のところ警戒し出すときりがない

娘が、差別されるようなことにならなければ良いと思う。警戒レベルが高く、それを乱暴に表現してしまうと、それが向けられた人の心が壊れることもある。

ゴールデンウィーク中は、外で遊んでいた娘が、同じく外で遊んでいた近所の子と自然に遊びはじめた。その子はマスクをしていなかったし、遊ぶからには密に接触することにもなるけれど、気をつけるよう声かけはしても、遊びを禁止しようとまでは思わない。『買い物にいくよー』、などと声かけして自然な形で遊びをやめさせるのが、こんな状況の中では正しい行動なのかも、と思うが、私は遊びを続けさせる判断をした。でも、相手の親御さんはどう思うか考える。

善意で近付いて来たマスクをしていない人を避けるべきなのか、接触したあとで手洗いうがいを徹底したら良いだけなのか。

袋に入っていないパンは購入しないべきなのか。

人が握ったおにぎりを貰ったら笑顔で受け取って食べずに捨てた方が良いのか。

親子でギューっとすべきではないのか。

他人の赤ちゃんを抱っこしないべきなのか。

ネットで注文した商品を家の前に置いておいて貰えば良いのか。

相手の顔が見える生活を続ける限りは、相手の警戒レベルを推し量りつつ、自分の警戒レベルによって相手の気持ちを傷つけないよう気を遣っていきたいと思う。