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Ally Bally Bee

夫のDV・モラルハラスメントから逃れて娘と二人暮らし。シングルママもパパも生きやすい日本になる日を願いつつ、今シングルママ として出来ることをあらゆる角度から考えていきます。

傍観者と「観客」

傍観者効果とは、まわりに傍観者がいればいるほど、行動を起こさなくなるという心理である。みんなが動かないのだから、何もしない、まわりに同調すれば責任を免れるということである。

この「傍観者効果」の研究はある殺人事件をきっかけに始まった。キティ・ジェノヴィーズ事件である。

1964年3月、ニューヨーク市、38人の隣人が目撃したり声を聞き付けたりしていた中で、28歳の女性、キティ・ジェノヴィーズが29歳の男にナイフで刺殺された。彼女は35分間の間に3度襲われたが、その間、少なくとも38人にのぼる叫び声を聞いたはずの人たちは彼女の声を無視した。誰も彼女を助けに行かず、警察に通報したのは1人だけ、それも3度目の襲撃で彼女が殺された後だった。

その約50年後、2008年6月、日本で秋葉原事件が起こり、17人が殺傷された。この時、たまたま現場に居合わせた人々は積極的に被害者に対する救命処置を開始したり、携帯電話等を活用して通報したりしたようだが、事件の状況を携帯のカメラ・ビデオ機能で撮影し、それを友達に向けて発信する人も多かったようだ。

「僕は、辛いというよりも悔しい。友達2人が死にそうな時、周りにその姿を携帯やデジカメで撮っている野次馬がたくさんいたんです。僕は止めたのに……。”不謹慎だから止めてください!”。そうはっきり僕は言った。でもみんな止めようともしない。僕はいまでも、なんであの人達が写真を撮っていたのかわからない。現場にいることを自慢しているようにしか見えなかった。多分、あの人達は写真を友達に見せるのかなと思うと、堪らなく嫌な気分になりました。」(『週刊新潮』6月19日号)

「『聞いて聞いて。チョーすごいこよ起きてるんだけど!うんわかった。写メ送るね!』事件発生から30分後、現場ではあちこちで懸命の救助活動が続いていた。そのすぐそばで電話をする10代の少女二人。電話を切ると、悪びれる様子もなくケータイをかざして、路上に横たわる被害者の写真を撮っている。少女たちだけではない。”観客たち”の多くはデジカメとケータイを携え、画像を撮り続けていた」(『週刊現代』6月28日号)

他人の痛みに無関心で被害者の人間としての尊厳を踏みにじっているという点では、「観客」の態度と犯人の行為には共通性がある。そして、犯人も「人間としての尊厳を踏みにじられてきた」のであり、その結果としての事件であったのだろう。

ホロコーストも含め、キティ・ジェノヴィーズ事件や秋葉原事件、すべての事象は今の自分自身と無関係ではない。

自分が犯罪被害者となった時、自分が犯罪者として扱われた時、自分が高齢者や障害者、児童、ホームレスになったとき、どのように扱われたいのか、どんな社会であったら望ましいのかを考えることが福祉だと思う。